稲荷すし
市川海老蔵が結婚して1ヶ月近くなるが
歌舞伎宗家、市川団十郎家のお家芸である歌舞伎十八番の中の
演題のひとつに助六と言うのがあり、
助六は任侠で野暮な男らしく、その愛人の花魁が「揚巻」と言われているようです。
どうも「助六すし」はそこから洒落て名づけられたようです
油
揚げと
巻寿司と言うことで…
稲荷寿司は天保の飢饉のころ名古屋からはじまったと言われています。
最初はおからを詰めて作り屋台で江戸市中に売りまわっていたようで、
おからなどを詰めてワサビ醤油で食べていたので
「はなはだ下直(低価格)」とも言われていたようです。
語源は、油揚げが稲荷信仰に関わりの深い狐の好物であることに由来しています。
このため「狐寿司」と呼ぶ地方もあります。
当時は油揚げの一方を裂いて袋状にし、木茸、カンピョウなどを刻みいれた物らしく
現代の稲荷寿司のように煮付けた油揚げではなかったようです。
油揚げ中に酢飯のみを詰める場合と、
「五目稲荷」と言って酢飯にニンジンや椎茸、ゴマなどを混ぜ込んで詰める物もあります。
岐阜県あたりを境に、東は四角、西は三角と、地域によって形が分かれているようです。
稲荷寿司も時代によって色々な物が考案され販売されていますが、
当店では開店以来変わらず、酒と醤油、砂糖で味付けした
ごくシンプルないなりを仕込んでいますので
お弁当代わりなどに是非一度ご利用してみてください。
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