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2011年11月13日

シンビジューム「星の王子様」…5代目三遊亭圓楽

何時もお世話になっているお花屋さんが「星の王子様」というシンビジュームを届けてくれました。

シンビジューム「星の王子様」…5代目三遊亭圓楽

草木のイエローグリーンと星のイエロー
森の妖精とも言われるイメージがピッタリです。

「星の王子様」というと皆さんは小惑星から地球にたどり着いて来た王子様のお話を思い浮かべるのでは…?
フランス人の飛行士・小説家であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの児童文学小説で確か作者の生誕100周年の2000年前後に流行ったような気がしますが、恥ずかしながら私の場合は「星の王子様」というと小説より「5代目三遊亭圓楽」を思い浮かべてしまいます。

圓楽は落語界・寄席でタブーとされることをあえて行い、寄席の価値観を逆に捉えた行動で、瞬く間にスターとなった人です。キザになってはいけないという世界で「星の王子様」というキャッチフレーズを使ったのです。「名人圓楽」という自己キャッチフレーズを使っていた時代もありましたが、真打以前で師匠に怒られ、その後は「星の王子様」に変えたとか…?

圓楽といえば代表演目の「浜野矩随」(はまののりゆき)です。
自己体験を重なあわせるようなこの話は、5代目ならではで、特に母親とのやり取りのところはさすがに名人芸です。昨年6代目が襲名記念の口演でこの演目を話したのを聞いたときは感慨深いものがありました。

若い頃は「星の王子さま」の愛称で親しまれ、端整な顔立ちと博識振りで1960年代の演芸ブームの際脚光を浴びた圓楽は立川談志、古今亭志ん朝、春風亭柳朝と共に「四天王」と呼ばれ落語界を引っ張ったのです。

花の話題から落語に移ってしまいましたが、圓楽は著名な武家の出でらしく秀吉により鳥取城籠城戦「鳥取城渇え殺し」・鳥取城の兵糧攻め にて滅ぼされた城主・吉川経家とその三男・吉川家好が先祖らしく、こうしたことも彼が一味違う噺家であったのではないかと勝手に思っているのですが…。
 


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Posted by きくいち at 09:23│Comments(0)大将

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