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2022年02月02日

恵方巻きの起源は諸説あるようです

恵方巻きは、江戸時代の終わりごろ、大阪で、花柳界で流行した「節分の時期に縁起かつぎにお新香巻きを食べる」という遊びが発祥ではないか…と言われていますひみつ

旦那衆が遊びでその年の恵方を向いて長い巻き寿司を丸かじりした、とか女性が好きな男性と縁が切れないようにと願いを込めて食べた、などの説があります。けれども、この風習自体は一般に広まることはなく、その後、最近になって、大阪のお寿司屋さんの組合がこの風習を復活させ、大手コンビニが全国に広めて大流行したようです上昇

恵方巻きの起源は諸説あるようです

節分の日に、恵方を向いて恵方巻きを食べる風習は、いつからあるものなのでしょうか!?
恵方巻きの由来は、諸説ありますびっくり
古くは、戦国時代(1467年~1576年)とも言われていますが、「巻き寿司」が文献に登場するのは安永5(1708)年であるため、それ以前にあったということは考えられません。今のように、節分の日に巻き寿司を食べる風習は、大正時代初期から見受けられるようになります。節分は、ちょうどお新香が漬かる時期なので、お新香を巻いた海苔巻き寿司を恵方に向かって食べ、縁起を担いだのだそうです。ただ、この風習は主に花街で行われており、庶民に浸透したものではありませんでした。恵方巻に関して現存する最古の資料は、昭和7(1932)年に「大阪鮓商組合後援会」が発刊したチラシです(チラシの最後の文章には、現在使われている恵方巻きの謳い文句に通じるものがあります)

恵方巻きの起源は諸説あるようです

戦中戦後と、暫くの間廃れていた恵方巻きの風習ですが、昭和24(1949)年、大阪鮓商協同組合の理事会において復活させることを決定します。その意図は…なんとびっくり「土用の丑の日のうなぎの蒲焼」に対抗する、販売促進手段としてだったのです。節分のある2月は、どんな商売も1年のうちで客足が一番少ない時期ですから、寿司屋さんも、何かしらの集客手段が欲しかったのかもしれません。この頃から、少しずつではありますが「恵方に向かって巻き寿司を食べて幸運を呼び込もうびっくり」という、宣伝活動が行われるようになりますした上昇

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その他諸説ある恵方巻きの起源ひみつ

1.幕末から明治時代初頭に、大阪・船場で商売繁盛、無病息災、家内円満を願ったのが始まりで一説には若い女性の好きな人と一緒になりたいという願望から広く普及したとする説。
2.船場の色街で女性が階段の中段に立って、丸かじりして願い事をしたらかなったという故事にちなむとする説。
3.節分のころは新しい香の物が漬かる時期で、江戸時代中期、香の物入りの巻き寿司を切らずに丸のまま恵方を向いて食べ、縁起をかついだ。これが、やがて節分に恵方を向いて、巻きずしを丸かぶりすると、その年の福がさずかるという招福の習わしになったとする説。
4.船場の旦那衆が節分の日に、遊女に巻きずしを丸かぶりさせて、お大尽遊びをしていたことに端を発するという説。
5.戦国時代の武将(堀尾吉晴といわれる) が、節分の日に丸かぶりして出陣したら戦に勝ったので、以後瑞祥としたことに端を発するとする説。

恵方巻きの起源は諸説あるようです

さらに驚くことがびっくりそれは「恵方巻きの由来は下ネタからきているびっくり」ということわーん

カンの良い方でしたら恵方巻きの形からなんとなく想像つくとは思いますが、恵方巻きは男性のアレを見立てて食べていたものだったんですびっくりもう少し詳しく説明すると、昔の花街・遊郭の遊女の遊びからきているそうで、簡単に言えば宴会を盛り上げる余興のようなものだったのでしょうね。花街・遊郭の遊女たちが太巻きを食べているのを見て旦那衆が楽しんでいたというわけか…やべーそれがいつしか節分の日に遊女が太巻きを丸かじりすると「願い事が叶い縁起の良い」と言われるようになっていったそうですにんまりその後、大阪のすし組合が太巻きを丸かぶりしている花街・遊郭の遊女たちの下ネタ遊びからアイデアを思いつき「恵方の方角を向いて丸かじりをすると縁起が良い」という宣伝・販売戦略を行い「恵方巻き」として発展していったのです星


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Posted by きくいち at 08:34│Comments(0)寿司ネタ雑学

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