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2013年02月05日

歌舞伎の演題からその名がついた助六寿司…(きつねといなり)

強烈な目力、圧倒的な存在感で、江戸歌舞伎を代表する成田屋の宗家、十二代目市川団十郎さんが、亡くなりました。昨年の暮れに中村勘三郎さんが亡くなったばかりの歌舞伎界ですが、またもや大スターを失いました。「助六」の助六、「暫(しばらく)」の鎌倉権五郎、「鳴神」の鳴神上人、「毛抜(けぬき)」の粂寺弾正(くめでら・だんじょう)など、超人的な人物が活躍する十八番物の多くが、その当たり役だったと聞きます。残念な事にその芸はもう演じられる事はないのですねえーん
改めてご冥福をお祈りしたいと思います。

歌舞伎十八番(おはこ)の一つに「助六縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」という演目があります。これは、京都で起きた侠客「万屋助六」と 京都島原遊郭の遊女「揚巻」との心中事件を題材にしたものです。

「油揚げ」と「のり巻き」のセットを助六寿司と呼びますが、その由来は実は歌舞伎からきているのです。「助六由縁江戸桜」の主人公を花川戸助六(曽我の五郎)と言います。助六は紛失した名刀友切丸を探しに吉原に出入りし、ついに刀を取り戻す、というお話ですが、主人公助六には花魁である「揚巻(あげまき)」という名の恋人がいるのですが、 彼女の名前から「揚(あげ)」=油揚げ(=お稲荷さん) 「巻(まき)」=太巻き、と引っ掛けているのです。中身が大好きな「揚・巻」だけに 「助六寿司」と呼んでいるのです。 

また、この歌舞伎を上演する時の助六のトレードマークが紫色の鉢巻である事から、紫を巻く=海苔巻き(海苔は紫色の物が高級品とされる)で海苔巻き=「助六」、揚げを巻くから稲荷寿司=「揚巻」。両者が寄り添って棺桶(折り詰)に納まるから歌舞伎の外題から「助六」 と呼ぶ、という説もあります。

さて、鮨は東西で大分違いますひみつ
鰻や穴子の開き方から、干瓢の煮方まで、関東流のいわゆる「江戸前」と巻物を中心とした「関西ずし」には、いろいろな違いがあります。風土と材料と食生活の違いが長い歴史の中で育んだ、それぞれに特色と個性のある「すし」ですから、食べる人の感性で選んでいただければいいのでは…?

関東は立(タチ…カウンターで食べること)で握りものが多く、関西では巻物を中心にテーブルで一人前を食べるのが一般的特色です。「いなりずし」を例にすると、関東は煮た油揚げを二つに切りすし飯を詰めて俵型にしますが、関西風は三角でお好みの具が入ります。どちらも美味です。

巻物は関西ずしには欠かせぬ大切なすしです。太巻、中巻、小巻、玉子巻、伊達巻などが伝統的なものです。関西で単に「巻ずし」といえばそれは太巻きのこと。いっぽう関東の巻物は細巻、太巻(大きさは関西の中巻)のの字巻きなどがあります。両者の大きな違いは、関東が焼いたのりを使うのにたいし関西は焼かずに使うことでしょう。

穴子は関東では背開きで煮ますが、関西では腹開きにして焼きます。柔らかく煮あげた江戸前の握りずしも美味しいのですが、歯ごたえのある焼き加減の関西風の穴子のバッテラも美味なのです。穴子の出汁を煮つめた「煮ツメ」をひとはけ塗ると一層食欲を刺激します。「すし」の東西「味」合戦ですねニコニコ

さて今日はその稲荷鮨について少し…

歌舞伎の演題からその名がついた助六寿司…(きつねといなり)

稲荷寿司といえば、日本人の大好きなお弁当や食卓のおかずですよね。あの甘辛く煮た油揚げとご飯のハーモニーがたまりません。 
稲荷寿司は、甘く、あるいは甘辛く煮付けた油揚げを袋状に開いて、すし飯(酢飯)や炊き込みご飯、混ぜご飯を詰めたもので、中には、その上から煮あげた干瓢などで縛ることもあります。昔から高級寿司店ではあまり売られていることがなく、庶民的なお寿司として食されてきました。でも、なぜ稲荷寿司と呼ばれるのか知っていますか?今回は、このことについて紹介してみたいと思います。

名前の由来には2つの説があるようです。「いなり寿司」のことを「お稲荷さん」「お稲荷」「いなり」と呼ぶことがあります。この「おいなり(稲荷)さん」とは日本の神の一つである「稲荷神(稲生り=お米が出来ることを司る神様)」のことを指します。そしてこの稲荷神を祭る神社を
「稲荷神社」といい、稲荷神社のことを「お稲荷さん」と呼ぶこともあります。この、稲荷神の遣いが狐であり、キツネの好物が油揚げであることから、油揚げを使った寿司のことを「いなり寿司(稲荷寿司)」と呼ぶようになったという説があります。
しかし、キツネは肉食のため油揚げを好物とすることは不自然なので、これとは別に稲荷神にそなえる物具として、米俵を象徴した寿司が「稲荷寿司」と呼ばれ、ここから逆に狐の好物が油揚げとなったとも考えられています。(四角いいなり寿司が、米俵を象徴していたのです)また、別の説では単に油揚げがキツネ色だからという説もあります。「いなり」はもともと「稲生り」で、お米が出来ることを司る神様の事だったそうです!キツネは関係なかったんですね…。
  
古くからキツネの好物はネズミの油揚げとされ、キツネを捕まえるときにもネズミの油揚げが使われたそうです。それが、稲荷神に豆腐の油揚げが供えられるようになったので、豆腐の油揚げがキツネの好物と言われるようになったそうです。 
 
キツネが油揚げを好むというのは、根拠のない話で、油揚げがおいしそうなキツネ色をしていたことからきた、単純な連想ではないかと言われているそうです。人のウワサって怖いですね! 

お米が出来ることを司る神様「稲生り」の別名は「御食津神=みけつかみ」といい、この「みけつかみ」を「三狐神=みけつかみ」という風にこじつけた為、いつの間にか、キツネはお稲荷様のお使いという伝説が出来上がってしまった嘘みたいな本当の話です。

稲荷寿司の発祥は、愛知県豊川市にある豊川稲荷の門前町で、天保(1830年~1844年)末年の大飢餓の頃に考えられたといわれ、その背景には、稲荷神に供えられていた豆腐の油揚げにまで手を出さずを得なかった厳しい時代があったのですね。豊川稲荷の門前町でも古くから「いなり寿司」が販売されてきました。発祥の地ということだけあって、稲荷寿司の上に愛知県名物のみそカツを載せたものや鰻を載せたものなど創作稲荷寿司もあるようです。

稲荷寿司は別の呼び方で、「お稲荷さん」「揚寿司(あげずし)」「きつね寿司」とも呼ばれます。

三角形の稲荷寿司は、キツネの耳を模している…油揚げが、稲荷神の使いであるキツネの好物と言われていた事から、狐の耳をモチーフにして三角に仕上げたそうです。また俵型の場合は、稲荷神は稲の神様だった為と伝えられています。それで2種類の形があったんですね。稲荷寿司は地域によって形が違います、大まかに分けると、東日本=俵型(中身はご飯のみ)。西日本=三角形(中身はご飯以外にも具だくさん)。後者は五目稲荷と呼ばれることもあります。
関東では油揚げの中に酢飯を入れ、関西では混ぜご飯や炊き込みご飯を入れるようです。
また、形も関東では米俵に模して四角に仕上げ、関西では狐の耳に模して三角形に仕上げるようです。

稲荷寿司は、英語でコーン・スシ(cone sushi)と言うらしくハワイなどかつて多くの日本人が移民した土地では、その錐形の形状からこのように呼ばれているそうです。昔の挿絵には、今日ではみられない細長い稲荷寿司を、切り売りする屋台の様子が描かれているそうです。当時から、稲荷寿司は低価格で売られていた為、庶民に親しまれていたんですね。



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Posted by きくいち at 11:15│Comments(0)寿司ネタ

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